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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)480号 判決

原告 藤森正量

被告 福島重吉 外一名

主文

原告の被告福島に対する請求を棄却する。

被告国は原告に対し金二十万円の支払をせよ。

原告の被告国に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告福島との間に生じた部分は原告の負担、原告と被告国との間に生じた部分はこれを五分しその一を被告国の負担、その余を原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人等は「原告に対し被告福島は金百八十八万円、被告国は金百四十九万千円の各支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告の先代藤森富雄は、昭和十一年三月三十一日、被告福島の先々代福島三吉より、その所有する東京都墨田区東両国二丁目四番の二宅地九十七坪五合のうち二十五坪九合三勺五才(以下「本件土地」と略称)を普通建物所有の目的で、期間二十年、賃料一ケ月一坪当り金八十銭毎月末払と定めて賃借し、右地上に木造瓦葺三階建建物一棟を建築所有していた。福島三吉は昭和十七年十二月二十一日死亡しその長女千万喜が家督相続をしたが、被告福島が昭和十九年十一月二十九日同女と入夫婚姻して更にその家督相続をし、他方藤森富雄は昭和二十年九月四日死亡し、原告が家督相続をしたので右借地契約上の借主貸主の各地位はそれぞれ原告及び被告福島に承継された。ところが右建物は昭和二十年三月九日空襲により焼失し原告は一旦信州え疎開したが終戦後再び帰京してみると、本件土地は既に隣接の国技館と共に進駐軍に接収使用されており、所有者である被告福島の所在も不明なので、原告は取敢えず昭和二十一年三月同都同区東両国二丁目五番地に建物を建築して居住しひたすら接収解除の日を待つていた。しかるに被告福島は昭和二十二年八月五日本件土地を財産税として被告国に物納し昭和二十四年三月十二日に所有権移転登記を済まし、被告国は昭和二十七年七月二十一日本件土地を訴外丸山仁一に払下げ、昭和二十八年一月十三日に所有権移転登記を済ました。

二、原告の借地権は土地の接収中は一時的に制限を受けるにとゞまり当然には消滅するものでないから、被告福島は貸主として当然右物納に際して原告の借地権を被告国に承継させる義務があるに拘らずこれを怠り更地として本件土地を物納し以て原告の借地権を被告国に対抗できない状態に陥入れたために原告に本件土地を使用収益させる被告福島の債務は履行不能となつた。仮に右主張が認められないとしても、被告福島は本件土地が被告国から第三者に払下げられることを知りながらこれを放置していたために遂に丸山が払下を受けるに至つたものであるから、このときに被告福島の右債務は履行不能となつた。原告は右履行不能に基いて本件訴状により被告福島との借地契約を解除したが、右解除の意思表示は昭和二十九年二月三日に被告福島に到達した。被告福島の右履行不能により原告はその借地権の解除当時における価格金百八十八万円に相当する損害を蒙つたから被告福島は原告の右損害を賠償する義務がある。

三、(1) 被告国は物納された土地について優先的に払下を受けることのできる者を旧借地権者、旧所有者、地上建物の居住者の順で指定し、払下に際しては常に必ず右優先権者の払下を受ける意思の有無を確かめ、その意思がないときはその旨の書面をとつて始めて右以外の第三者に払下げるという方法をとつているが、このような一般的継続的な実務上の慣例は既に法としての慣習となつている。被告福島が本件土地を物納したために原告の前記借地権は被告国に対抗できなくなつたのであるから、原告は右慣習に基いて優先的に本件土地の払下を受ける期待権を取得したものといわねばならない。そこで原告は本件土地の接収中である昭和二十六年六月頃関東財務局管理課を訪ね旧借地権者として本件土地の払下の見とおしを聞いたところ、同課の係員は接収が解除されたならば払下げる旨言明したが、同年十月頃再び原告が右の見とおしを聞きに行つた際にも同様の返答をしていたから、同課の係員は原告が本件土地について優先的に払下を受ける期待権を有していることは知つていた筈であり、仮に知らなかつたとしても調査をすれば容易にこれを知ることができた筈である。しかるに関東財務局の払下担当係員は本件土地を丸山に払下げ以て原告の右期待権を侵害した。原告は、丸山が払下を受けた頃に、丸山が払下を受けた価格(金六万四千八百円)で自ら払下を受けることにより、本件土地所有権の当時における時価百五十五万六千百円より右払下価格金六万四千八百円を控除した残額金百四十九万千円(千円未満切捨)の利益を得ることができたのであるが、本件土地が丸山に払下げられたため右利益を喪失し、同額の損害を蒙るに至つた。右払下担当係員の行為は被告国の業務の執行として行われたものであるから、被告国はその使用者として原告の右損害を賠償する義務がある。

(2) 仮に右請求が理由がないならば、原告は罹災都市借地借家臨時処理法第十条に基いて被告国に対して前記の借地権を対抗することができるから、被告国は本件土地を原告に使用収益させる債務を負担するに拘らず、同法による借地権の対抗期間の経過後に丸山に本件土地を払下げ、原告の借地権を同人に対抗できない状態としたために、被告国の右債務は履行不能となつた。右履行不能により原告は金百四十九万千円の損害を蒙つたから被告国は原告の右損害を賠償する義務がある。

(3) 仮に右請求が理由がないならば、被告国の払下担当係員は、原告の前記借地権が罹災都市借地借家臨時処理法第十条により被告国に対抗できるものであつて、被告国が同法による借地権の対抗期間経過後に本件土地を第三者に払下げるならば、原告の借地権は対抗力を失う結果原告が損害を蒙るであろうことを認識しながら又は認識することができたのに不注意にもこれを、認識せず、本件土地を丸山に払下げて原告に金百四十九万千円に相当する損害を蒙らしめた。右担当係員の行為は被告国の業務の執行について行われたものであるから被告国はその使用者として原告の右損害を賠償する義務がある。と述べた。〈立証省略〉

被告福島訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実一、のうち被告国が本件土地を丸山に払下げたことは知らない。その余の事実は認める。同二のうち、被告福島が本件土地を更地として被告国に納入したことは認めるが、被告福島は地上に建物が存在しないという意味で「更地」と云つたに過ぎず、被告国に対して原告の借地権を承継させているから履行不能の責任を負う理由がない。

仮にその責任があるとしても、履行不能は物納のときに生じたものであるから損害額は右物納当時を標準として算定すべきである。

と答えた。〈立証省略〉

被告国指定代理人等は「原告の各請求を棄却する」との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因事実一のうち、原告主張どおりに被告福島が本件土地を財産税として被告国に物納し、被告国はこれを丸山に払下げ、それぞれ所有権移転登記を済ましたことは認めるが、その余の事実は知らない。同三(1) のうち、原告が主張するような法としての慣習が存在することは否認する。同三(2) 及び(3) のうち、原告の借地権が被告国に対抗できるとの主張は争う。罹災都市借地借家臨時処理法第十条は、地上建物について滅失或は疎開の当時に登記がないため建物保護法による保護を受けることができなかつた借地権まで保護してこれに対抗力を附与する趣旨のものではなく、原告の空襲により焼失した建物については登記がされていなかつたから原告の借地権は被告国に対抗できない。と答えた。〈立証省略〉

理由

原告の先代藤森富雄は昭和十一年三月三十一日被告福島の先々代福島三吉よりその所有する本件土地を普通建物所有の目的で期間二十年賃料一ケ月一坪当り金八十銭毎月末払と定めて賃借し、その地上に木造瓦葺三階建建物一棟を建築所有していたこと、福島三吉は昭和十七年十二月二十一日死亡しその長女千万喜が家督相続をしたが被告福島は昭和十九年十一月二十九日同女と入夫婚姻をして更にその家督相続をし、他方藤森富雄は昭和二十年九月四日死亡し原告が家督相続をしたので、右借地契約上の借主、貸主の各地位はそれぞれ原告及び被告福島に承継されたこと、なお右建物が昭和二十年三月九日空襲により焼失したことは、原告と被告福島との間においては争がなく、また原告と被告国との間においては成立に争のない甲第一及び第二号証、同第六号証原告本人尋問の結果によつて認めることができる。被告福島が昭和二十二年八月五日本件土地を財産税として被告国に物納し、昭和二十四年三月十二日に所有権移転登記を済ましたことは原告と被告両名との間に争がなく、被告国が昭和二十七年七月二十一日本件土地を訴外丸山仁一に払下げ昭和二十八年一月十三日に所有権移転登記を済ましたことは原告と被告国との間においては争がなく、また原告と被告福島との間においては成立に争のない甲第三号証によつて認めることができる。空襲によつて焼失した原告の建物が未登記であつたことは原告において明かに争わず又争う意思ありとも認められないからこれを自白したものと看做す。

これらの事実を基礎としてまず被告福島に対する請求について判断するに、罹災都市借地借家臨時処理法第十条が一定期間に限つて借地権に特別の対抗力を附与するに至つた趣旨は、戦争による甚だしい社会経済的混乱の状況において新たに対抗要件を具備しようとしても、その実現が困難なため予測される混乱状況解消の頃まで一切対抗要件を問題にしないで借地権に対抗力を与えこれを保護しようとするにあり、かような保護をすることが必要であり且つ保護すべき理由があることは罹災当時登記を備えていた場合とそうでない場合とで少しも差異はないから、罹災建物の滅失当時から引き続き借地権を有する者は、滅失建物の登記の有無を問わず、すべてその借地権を法定期間内に所有権を取得した第三者に対抗することができると解するのを相当と認める。従つて被告国が本件土地の所有権を取得した時期が同法所定の期間内である以上、原告の借地権は同法により当然に被告国に対して対抗することができるのであるから、被告福島の所有権移転行為によつて本件土地を原告に使用収益させる同被告の債務が履行不能となつたという原告の主張は理由がない。また原告がその借地権を被告国に対抗することができるからには、被告国は本件土地の所有権を取得したときに借地契約に基く被告福島の権利義務を承継し、被告福島はそのとき限り賃貸人としての権利義務を有しないのであるから、同被告は右所有権移転の後の自己の行為のために原告に対し契約上の責任を負うに至る理由は少しもない。従つて同被告が被告国の払下行為を放置していたことにより履行不能の責任があるという原告の主張もまた理由がない。

次に被告国に対する優先払下期待権侵害に基く請求について判断するに、原告はその借地権を被告国に対抗することができることは右に認定したとおりであるから、これが対抗できないことを前提とする原告の右請求はその余の点を判断するまでもなく失当である。

更に被告国に対する履行不能に基く請求について判断するに、すでに認定したとおり原告の借地権は被告国に対抗することのできるものであるから、被告国は本件土地を原告に使用収益させる債務を負担するものというべきである。しかるに被告国は罹災都市借地借家臨時処理法第十条の所定期間経過後に本件土地を丸山に払下げ所有権移転登記を済ましたために、原告の借地権は丸山に対抗することができなくなつたのであるから、被告国の右債務は右所有権移転登記が済まされた昭和二十八年一月十三日において履行不能となつたものといわなければならず、右履行不能について他に特別の事情が主張立証されない本件においては被告国は右履行不能によつて蒙つた原告の損害を賠償する義務がある。そして右損害の額は履行不能の時を基準として算定するのを相当とするところ、鑑定人米田敬一の鑑定の結果によれば、右履行不能が確定した当時における本件土地の期間二十年乃至三十年の借地権の価額は金七十万円であることが明らかである。しかしながら原告のもつ本件借地権は、当時その残存期間は僅か三年八月に過ぎず、しかも本件土地が更地であつたことは当事者間に争のないところであるから、右残存期間を超えて存続すべき建物の築造に対し土地所有者である被告国が遅滞なく異議を述べなかつた場合に法定更新が認められるけれども、被告国が異議を述べた場合法定更新は認められず、しかも諸般の事情から被告国が異議を述べるであろうと予想せられる本件においては、原告の右借地権の価額は金二十万円をもつて相当と認める。従つて他に特別の事情の認められない限り原告は右履行不能により右価額と同額の損害を蒙つたものというべく、被告国は原告に対し金二十万円の支払をする義務があることは明白である。

よつて原告の本訴請求中、被告福島に対する請求及び被告国に対する優先払下期待権侵害に基く請求中金二十万円を超える部分はいずれも失当としてこれを棄却し、被告国に対する履行不能に基く請求は金二十万円の限度においてこれを認容し、同被告に対する借地権侵害による不法行為に基く請求を判断せず、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

原告は仮執行の宣言を求めているがこれを必要とする事情を認め難いから右宣言をしないこととする。

(裁判官 藤原英雄 輪湖公寛 山木寛)

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